トルコのイスタンブールで絶対に行くべき観光スポットをご紹介します!

トルコで一番の大都市はイスタンブールです。

イスタンブールの市域人口は1,410万人。

世界の大都市の市域人口で5位と上位に含まれています。
(1〜3位は中華圏で4位はインドのデリー)

東京の人口は927万人と意外に少ないのです。

トルコがどれだけ発展途上なのかおわかりかと思います。

トルコの首都はアンカラですが、イスタンブールは人・モノ・情報・金・文化すべてが集まるエキサイティングな街なのです。

この記事ではそのトルコのイスタンブールで観光すべき場所をどこよりも詳しく丁寧にお教えします。

なお、トルコのイスタンブールは西洋と東洋の人と文化と経済が交じり合う貿易都市です。

イスタンブールに来た外国人観光客はほとんどがヨーロッパ大陸側をメインで周ると思われます。

ヨーロッパ大陸側でも金角湾という大きな湾を挟んで、下側の旧市街と上側の新市街に分かれているのが特徴です。

先ずは旧市街からオススメスポットをご紹介します。

旧市街の3大遺産【スルタンアフメット・ジャーミィ】世界一美しいブルーモスク

6本のミナレットが優雅にそびえ立つ、外観も内部も世界に誇る美しさ

トルコを代表するイスラム寺院がスルタンアフメット・ジャーミィ(通称:ブルーモスク)です。ここを見なくちゃトルコを語れません!

スルタンアフメット1世が7年の歳月を費やし1616年に建造されたオスマン朝建築の傑作の一つと言われています。

世界で唯一6本のミナレットを持ち、細長いミナレットと丸屋根が幾重にも連なる外観は実に優雅でした。

その立ち姿と室内装飾の美しさから世界一美しいモスクと言われているそうです。

装飾用に2万1043枚のイズニックタイルが使われていてチューリップなどの花もたくさん描かれていました。

内壁を飾るステンドグラスは260枚あると言われ、内部を淡い光で包んでいました。

美しいすエンドグラスとイズニック・タイル

青や赤が鮮やかなタイルは最高品質とされるイズニック産。

残念ながら17世紀にその制作は途絶えたそうです。

タイル模様はステンドグラス同様に、植物や幾何学などがメインです。

イスラム教は偶像崇拝禁止のため人物は描かれていません。

大ドーム

礼拝堂中央にある高さ43m、直径23,5mの巨大ドーム

ミナレットとは

建設時にアフメット1世が「黄金(アルトゥ)のミナレットを」と指示をしたところ設計者が「6本(アルトゥ)のミナレットを」と聞き間違え、6本のミナレットを持つモスクが誕生したという嘘の方な逸話を持っています。

大ドームを支える4本の柱は象の足と呼ばれており直径5メートルはありました。

大体、20分もあれば見て回ることができました。

旧市街の3大遺産【アヤソフィア】 波乱の歴史を語る大聖堂

ビザンチン建築の最高傑作と称されるアヤソフィアはローマ時代の360年に東ローマ抵抗のコンスタンチウス2世によって東方正教会の大聖堂として建設されました。

その後、市民暴動で3度の火災に見舞われましたがその都度再建され、現在の建物の基礎となる第三番目の聖堂が誕生したのが537年。

皇帝ユスティニアヌスが莫大な予算を投じて巨大ドームを備えた大聖堂をキリスト教会として造られました。

しかし、ギリシア正教の総本山として厚い信仰を集めながらも数度の大地震や9世紀頃に起きた聖画像破壊運動、1204年の第4次十字軍による略奪などにより1453年にオスマン朝の首都と成るとイスラム寺院(モスク)に変えられ、キリスト教のモザイク画も漆喰で塗りつぶされたそうです。

近年はモザイク画の修復も進み、2つの宗教が同居する博物館となっています。

世界で4番目に大きい教会
アヤソフィアの大聖堂は現在でもキリスト教会として冴え会で4番目の大きさを誇り、高さ56m、直径31mの大ドームも世界最大級です。
ここがポイント!
キリスト教とイスラム教がみごとに融合した聖堂である。

ビザンチン美術の最高傑作と称されるモザイク画がある。

ビザンチン帝国の傑作と称される大聖堂である。

旧市街の3大遺産【トプカプ宮殿】オスマン帝国時代の栄華を残す

トプカプ宮殿は1453年にイスタンブールを陥落させたメフメット2世が着工、18年かけて1478年に完成させたスルタンの居城です。

さまざまなオスマン朝の君主が当時の建築様式に従って増築を重ねたそうです。

約400年にわたってオスマン朝の中心地として栄えていたそうです。

現在は庭園やハレム、宝物館などを見学することができます。きらびやかな宝飾品や豪華な調度品は当時の反映を物語っていました。

北アフリカからウィーン付近まで領土を広げたオスマン朝なので、トプカプ宮殿には世界中の富と権力が沢山あります。

モスクとはいえ、かなり大きい博物館のため1時間ほど見て回るには時間が必要です。

ハレムの生活ってどんなの?
オスマン朝の君主の側室は一時は400〜1000人もいたというので驚きですよね。

彼女たちの居室はハレムという宮殿内の一角で、いわば大奥です。

はじめは奴隷の身分として連れてこられ、音楽や舞踏を学び、スルタンのお声がかかりを待つ。

目をかけられた幸運な女性は部屋を与えられ最も早く男子を産んだ女性が第一夫になれるそうです。

ところが皇帝の死後、台が変われば女性も総入れ替え。

目をかけられなかった女性や皇帝の子を産めなかった側室はトプカプ宮殿街の離宮に。

身ごもっている側室は前皇帝の子供が生まれないようボスポラス海峡に投げられたという悲しい話もあります。

 

さてここからはイスタンブールの新市街のオススメスポットをご紹介します。

旧市街とは真逆で、新旧が入り交じるこのエリアは西洋建築やオシャレなショップが立ち並びます。

新市街は古くから外国人の居留区だったようです。

新市街は粋でお洒落なジョーロピアンスタイル!

新市街は勾配な道が多いため下り坂となるタクスィム駅をスタート地点として最南端のカラキョイ駅を目指して散歩するのがオススメです。

深夜まで賑わう新市街の中心地 タクスィム広場

広場周辺には公園、バスターミナルや高級ホテル、外資系のカフェなどが並んでいます。

24時間営業のファウsとフード店もあるので観光客に愛される場所とも言えます。

新市街を代表するストリート イスティクラル通り

タクスィム広場とテュネルのベイオール駅を結ぶ1.6kmの目抜き通りのイスティクラル通りは市内随一の繁華街です。

通りの中央は路面電車が走り歩行者天国にもなっていました。

現在は国内外のブランドが揃うファッション通となり土日になると道が人で埋め尽くされるほどに混み合うようになったようです。

私が行ったときは渋谷のスクランブル交差点と同等の人混み具合でした。

19世紀後半の西洋建築が今でも残る独特な雰囲気を醸していました。

新市街は東京の渋谷
  • 流行の発信地
    品質にこだわった老舗ブランドやファストファッションのカジュアルブランドが混在して独特なカルチャーを作っています。
  • 路地裏やパサジュに注目
    大通りから入った場所、19世紀のアーケードを改築して造られたパサジュなどヨーロッパの風情が感じられました。

 

チチェキ・パサジュと裏通りのテラスを通り抜けて

ガラス張りのドームから差し込む光でパサジュ内は明るかったです。

イスティクラル通り周辺にはいくつものパサジュがありそれぞれ特徴があり面白かったです。

魚料理が食べられる繁華街として楽しめました。

チチェキ・パサジュはステンドグラスが美しいドーム型のオスマン建築で雰囲気は抜群でした。

3階建てでレストランは10件〜ほど入っていた気がします。

夜になると音楽隊がやってきてパサジュ全体が大変な盛り上がりとなりました。

現代に甦ったパサジュ
外国人居住地として栄えたベイオールには19世紀末にフランスの「パッサージュ」に似た屋根付きのショッピングどおりが数多く造られたそうです。

現在は改装を経て新たなパサジュが誕生しているとのことです。

最南端のカラキョイ駅手前にあるのが旧市街を一望できるガラタ棟です。

新市街を歩き疲れて気づけば夕方を過ぎている頃でしょう。

新市街の高層建築物から旧市街側の夜景を満喫しよう!

新市街にある「ガラタ棟」からイスタンブールの夜景を観るのがオススメです。

ガラタ棟とは
イスタンブール新市街のランドマークです。

高さは67mの棟です。

14世紀にジェノヴァ人に建てられたと言われています。

監視塔や牢獄、天文台などとして使用されていました。

エレベーターで8階まで上がり、更にらせん階段を登れば地上53mの展望台があります。

イスタンブールの街を360度見渡す事ができるのが特徴です。

8階にはカフェとレストランが併設されていて家族やカップルにオススメです!

このガラタ棟からライトアップされた旧市街のスルタンアフメット・ジャーミィやアヤソフィア、トプカプ宮殿を眺めることができます。

私が行ったときは7月でしたので20時頃が丁度良い夜景具合でした。

私は高層ビルが好きなので、イスタンブールで最も高い高層ビルのサファイアにお邪魔してきました。

サファイアから眺めるイスタンブールの夜景
サファイアイスタンブールとは
66階建ての高さ263m。トルコでは3番めの高層ビルです。

ヨーロッパでは9番目の高さを誇っています。

ビルの用途は居住用、オフィス、ショッピングセンター、シネマ。

展望テラスは高さ236m。

236mの展望台から眺めるファーティフ・メフメット大橋は行き交う車で光の洪水でした。

イスタンブールに架かる橋はどれも派手にライトアップされて見応えたっぷりです。

ファーティフ・メフメット大橋の夜景

海峡沿いに残る華麗な歴史的建造物 ドルマバフチェ宮殿

アブドゥルメジット1世が1843年から13年かけて築いた宮殿です。

総大理石で造られた壮麗な宮殿は幅が600mある巨大な建造物。

ボスポラス海峡に面して建ち、全長250m、部屋数は285室あります。

中央の大使の間を境に国政を行う女人禁制のセラムルクと、スルタンと女性建ちが暮らしたハレムに分かれています。

バロック様式とオスマン伝統様式を融合させた調度と内部装飾は豪華絢爛でした。

内部見学はツアー形式で行われました。

自由行動はできません。1時間程度で終わります。

ちなみに入場は原則として予約制です。

当日入場も可能だと聞きましたが、1日に3,000人の入場制限があるため予約することをオススメします。

ドルマバフチェ宮殿

 

赤の間
来賓のレセプション会場として使用されていました。

カーテンやソファは鮮やかな化で統一されています。

彫刻が施された黄金の天井、クリスタルと銀のシャンデリアが見事です。

大使の間
各国大使の公式歓迎のために使われた部屋。

高さが36mにも及ぶドームのいち面には絵画がびっしりあります。

当時のスルタンが3,000万円で発注した4.5トンのクリスタル製のシャンデリアが下がっています。

※ヴィクトリア女王が献上されたとされていましたが近年発見された文書によるとスルタンが支払いを命じるお触書があったとのこと。

大使に間の広さはなんと2,000㎡もあるのです!!

アタテュルクの間
初代大統領のアタテュルクが1938年11月10日、この部屋で公務中に亡くなられたそうです。

彼を偲んで執務室の時計は死亡時刻の午前9時5分をさしたままとされています。

建国の父、初代大統領アタテュルクってどんな人なのでしょうか?

  1. トルコを救った
    第一次世界大戦後、列強に分割されて消滅しかけていたトルコから外国勢力を駆逐してトルコ共和国を建国したのです。
  2. 政教分離を行い世俗主義国家を作った
    イスラム法廃止など、宗教的な要素を徹底して排除したのです。
    トルコ帽やスカーフを公の場で着用することも禁止しました。
    スイスや同一を模範とした法体系を導入。陰暦のイスラム暦から西洋の歴へと変更して近代化に貢献した張本人なのです。
  3. 文字をアルファベットにした
    アラビア文字からラテン・アルファベット表記に変えたのです。
    これにより識字率が劇的に向上したと言われています。
  4. 女性の地位向上
    一夫多妻制を廃止して離婚手続きや遺産相続などのときに女性は男性と同等の権利があることを明文化しました。
    また、小学校から大学まで男女共学としました。この改革により働く女性が急増したそうです。
  5. 姓ができた
    1934年にアタテュルクは姓名法を発布して全国民が姓をもつように定めました。
1881年 3月12日セラニキに生まれる。
1901年 士官学校卒業
1915年 ガリポリの戦いで連合軍の侵略を阻止する
1918年 第一次世界大戦集結。国土を列強に分割される
1919年 サムスンに上陸し、祖国解放戦争を開始する
1920年 アンカラで大国民会議を開く
1921年 サカルヤにてギリシア軍を撃退する
1922年 8月ドゥムルプナルにてギリシア軍に勝利
9月イズミル奪回、ギリシア軍敗北
1923年 共和党を宣言して初代大統領に就任する
1924年 カリフ制の廃止など数々の改革を行う
1938年 政務中にドルマバフチェ宮殿にて死去

トルコが今日、経済大国になれたのもアタテュルクの存在あってのことなのです。

トルコ国民は皆、アタテュルクのことを今でも大好きだということがよく分かりますね。

 

トルコ、2023年までに年間観光客5000万人を目標!

日本の約2倍の国土を持つトルコは黒海、エーゲ海、地中海と3方向を海に囲まれ、海に山にと豊かな自然や遺跡を持っています。

そんなトルコの文化と経済の中心であるイスタンブールの魅力をここまでご説明してきました。

世界各地から観光客が訪れてくる理由もわかりますね。

日本経済新聞でこんな記事も見つけました。

トルコは海外観光客を数倍に増やすため新たな観光キャンペーンを実施する。

その中で特にアジア市場の開拓に力を入れる。クルトゥルムシュ文化観光相がヒュリエット紙に語った。

「大規模な反トルコ・プロパガンダがあったにもかかわらず、今年上期に約600万人がイスタンブールを訪問した」と強調。

そのうち約54万人がドイツ人だったという。

同氏はトルコ共和国建国100周年の2023年に年間観光客5000万人、観光収入500億ドル(約5兆4500億円)を達成することが正式目標だと表明した。

「目標達成のため、市場と商品を多様化する。特に中国、日本、インド、韓国の観光客開拓に注力する。

当然、これらの国々で観光促進特別キャンペーンを行う」という。

最大野党の共和人民党(CHP)のクルチダルオール党首によるトルコ観光の安全性を疑問視する発言に対しては「非常に不適切、偏った意見だ」と主張。

「世界中の都市がテロの脅威に直面している」と指摘したうえで、トルコの観光地が欧州の主要都市と同じくらいに安全だと主張した。

 

トルコのパムッカレ,世界遺産

 

ドイツ人観光客だけでも年間54万人は訪れているとのことです。

ここ最近の経済発展に繋がるニュース
  • 2013年10月【マルマライ線】が開通
  • 2016年7月【オスマン・ガーズィー橋】が開通
  • 2018年12月【トルコ・イスタンブール新空港】開通予定
  • 2023年【イスタンブール運河】開通予定

まさに発展途上国の代表とも言える国ですね。

人口も増加傾向で成長の期待できる高金利通貨国トルコのイスタンブールでした!